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タイトル

パロディモンタージュ事件 (最判 昭61.5.30)

まとめ


@ 一個の行為により同一著作物についての著作財産権と著作者人格権とが侵害されたことを理由とする著作財産権に基づく慰藉料請求と著作者人格権に基づく慰藉料請求とは、訴訟物を異にする別個の請求である。
著作財産権侵害による精神的損害と著作者人格権侵害による精神的損害とは両立しうる

A旧著作権法36条の2における「著作者の声望名誉」の意義

内容(全文)


主    文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         
理    由
一 上告代理人依田敬一郎、同岡邦俊の上告理由まえがき及び第二点一、第三点、第四点について
 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、写真家として、昭和四一年四月二七日、オーストリア国チロル州サン・クリストフのアルプス山系において、スキーヤーらが雪山の斜面を波状のシユプールを描きつつ滑降している場景を撮影した原判決添付写真一のカラー写真(以下「本件写真」という。)を製作し、これについて著作財産権及び著作者人格権を取得した。そして、これを昭和四二年一月一日付株式会社実業之日本社発行の写真集「SKI'67第四集」に被上告人の氏名を表示し複製掲載して発表した。その後、本件写真は、被上告人の許諾のもとに被上告人の氏名を表示しないでA・l・U社のカレンダーに複製掲載された。
2 上告人は、aのペンネームを用いるグラフイツク・デザイナーであるが、右カレンダーに掲載された本件写真を利用し、その左側の一部をカットしてこれを白黒の写真に複製したうえ、その右上にブリヂストンタイヤ株式会社の広告に使われた自動車のスノータイヤの写真を合成して原判決添付写真二の白黒写真(以下「本件モンタージユ写真」という。)を作成した。そして、これを昭和四五年ころ発行した自作の写真集「SOS」に掲載して発表したほか、株式会社講談社において発行した「週刊現代」同年六月四日号のグラフ特集「aの奇妙な世界」にも掲載して発表したが、いずれも本件写真の利用部分につきその著作者としての被上告人の氏名を表示していないし、本件写真を利用することについて、被上告人から同意を得ていない。
3 本件モンタージユ写真からは、本件写真の本質的な特徴部分、すなわち、雪の斜面をシユプールを描いて滑降してきた六名のスキーヤーの部分及び山岳風景の特徴部分を感得することができるものである。 右事実関係のもとにおいて、上告人が、被上告人の同意を得ないでした本件モンタージユ写真の作成、発表は、たとえ、本件モンタージユ写真がパロデイと評価されうるとしても、被上告人が著作者として有する本件写真の同一性保持権を侵害する改変であり、かつ、その著作者としての被上告人の氏名を表示しなかつた点において氏名表示権を侵害したものであつて、違法なものである、とした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。原判決に右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
二 同第一点中慰謝料請求に関する部分について
1 複製権を内容とする著作財産権と公表権、氏名表示権及び同一性保持権を内容とする著作者人格権とは、それぞれ保護法益を異にし、また、著作財産権には譲渡性及び相続性が認められ、保護期間が定められているが(旧著作権法(昭和四五年法律第四八号による改正前のもの。以下「法」という。)二条ないし一〇条、二三条等)、著作者人格権には譲渡性及び相続性がなく、保護期間の定めがないなど、両者は、法的保護の態様を異にしている。したがつて、当該著作物に対する同一の行為により著作財産権と著作者人格権とが侵害された場合であつても、著作財産権侵害による精神的損害と著作者人格権侵害による精神的損害とは両立しうるものであつて、両者の賠償を訴訟上併せて請求するときは、訴訟物を異にする二個の請求が併合されているものであるから、被侵害利益の相違に従い著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額とをそれぞれ特定して請求すべきである。
2 右の点を前提とすると、被上告人の上告人に対する慰謝料請求に関する本件訴訟の経緯は、次のとおりであると認められる。
(一) 第一審において、被上告人は、上告人による本件モンタージユ写真の作成、発表により被上告人の著作者人格権及び著作財産権が侵害され、その慰謝料は数百万円に達すると主張し、上告人に対し、その一部である五〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を請求し、第一審は、被上告人の右請求を全部認容した。
(二) 差戻し前の第二審において、被上告人は、著作財産権侵害に基づく慰謝料請求を適法に取り下げ、著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求として、五〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める旨申し立てた。
(三) 原審において、被上告人は、再び著作財産権に基づく慰謝料請求をする旨の申立をし、著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求及び著作財産権侵害に基づく慰謝料請求として合計五〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払請求をした。そして、原審は、著作財産権侵害に基づく慰謝料請求を理由がないとして排斥し、著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求については、五〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払請求を理由があるものとして控訴棄却の判決をした。
そうすると、原審は、結局、著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額との合計額及びこれに対する遅延損害金のみを示し、その内訳を特定していない被上告人の請求について、控訴棄却の判決をしたものであり、右控訴棄却の判決により維持された第一審判決も著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額との合計額及びこれに対する遅延損害金のみが示され、その内訳が特定されていない請求を全部認容したものである(ただし、著作財産権侵害に基づく慰謝料請求に係る部分については、差戻し前の第二審における訴えの取下げにより失効している。)。
3 したがつて、原審としては、被上告人に対し、その請求に係る慰謝料額及びこれに対する遅延損害金の内訳について釈明を求め、その額を確定したうえ審理判断すべきであつたといわなければならない。しかるに、原審は、右の点につき何ら釈明を求めることなく、前記のとおり判決しているが、右は、釈明権の行使を怠り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきであり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中慰謝料請求に係る部分は破棄を免れない。そして、右部分については、更に求釈明して審理を尽くさせる必要がある。
 三 同第二点二について
原審は、被上告人の著作者人格権に基づく謝罪広告請求を認容すべきものとしているが、その理由の要旨は、次のとおりである。 被上告人は、昭和三五年ころから写真家として主に山岳関係の写真の著作発表を続け、本件モンタージユ写真が発表される以前に写真家や写真愛好家の間でその作品の美術的価値を認められ、広く名を知られるに至つていたこと、被上告人は、写真を通して地球の美しさを訴えたいと考えて写真の撮影活動を続けており、本件写真を製作するに当たつても、こうした見地から、美しい自然と人間の調和あるかかわりあいを表現すべく長い間構想を練り、約二か月前から現地に赴いて撮影の場所や方法等を選定したうえ、オーストリア国立スキー学校の校長から本件写真の著作意図について了解を得てその撮影許可を受けるとともに、右学校のスキー教師をモデルとして紹介してもらい、本件写真の撮影に成功したが、その費用は一〇〇〇万円にも達したこと、被上告人は、本件写真を製作後、昭和四四年にアルプスを対象とする写真集「ALPS」を出版し、昭和四六年にヒマラヤを対象とする写真集「ヒマラヤ」、「神々の座」を出版し、昭和五〇年にアメリカ大陸を対象とする写真集「アメリカ大陸」を出版したが、この間、昭和四六年六月に写真集「ALPS」等によつて日本写真協会から同年度表彰を受け、写真集「ヒマラヤ」によつて昭和四七年一月に毎日芸術賞を、同年三月に芸術選奨文部大臣賞を受け、これらを通じて被上告人は写真家としての地歩を固め、高い評価を受けるようになつたこと、被上告人は、本件モンタージユ写真が発表された当時、自作写真のネガフイルムの使用を許諾するについては、一枚につき原則として二〇万円の使用料の支払を受け、紛失の場合の賠償金を五〇万円と約定していたこと、以上の事実に前記のような上告人による本件写真の著作者人格権侵害の態様を併せ考えると、上告人は、本件モンタージユ写真を作成、発表したことにより、本件写真の著作者である被上告人の著作者人格権を侵害し、その社会的名誉を著しく毀損したものといわなければならない。そして、被上告人の毀損された名誉を回復するためには、被上告人主張のとおりの謝罪広告の掲載を必要とするものと認めるのが相当である。
 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 法三六条ノ二は、著作者人格権の侵害をなした者に対して、著作者の声望名誉を回復するに適当なる処分を請求することができる旨規定するが、右規定にいう著作者の声望名誉とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉を指すものであつて、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないものと解すべきである(最高裁昭和四三年(オ)第一三五七号同四五年一二月一八日第二小法廷判決・民集二四巻一三号二一五一頁参照)。これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係中には、上告人の被上告人に対する本件著作者人格権侵害行為により、被上告人の社会的声望名誉が毀損された事実が存しないのみならず、右事実関係から被上告人の社会的声望名誉が毀損された事実を推認することもできないといわなければならない。そうすると、被上告人の著作者人格権に基づく謝罪広告請求を認容すべきものとした原判決は、経験則に反して被上告人の社会的声望名誉が毀損されたと認定したか、又は法三六条ノ二の解釈適用を誤つたものといわなければならず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中著作者人格権に基づく謝罪広告請求に係る部分は破棄を免れない。そして、右部分について、右の観点に立つて更に事実関係について審理を尽くさせる必要がある。
 四 以上によれば、本件については更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すこととする。 よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
    

 最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    藤   島       昭
            裁判官    大   橋       進
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    香   川   保   一




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