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タイトル

外科的手術方法事件(東京高裁 平17.6.17)

まとめ

医薬や医療機器に係る発明:「産業上利用することのできる発明」に該当し得る
医療行為:「産業上利用することのできる発明」に該当しない

従来の議論
医療行為:「産業上利用することのできる発明」に該当しない。
人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであるから,特許法による保護の対象にすることなく,人類のために広く開放すべきである
 ↑
従来の議論は必ずしも,十分な説得力を有するものではない。(∵医療機器、医薬については、従来より産業上の利用性が肯定される)
∵@特許性の認められてきているものの中にも人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものは多数存在する。
A人類のために広く開放すべきであるとされるほど重要な技術であるからこそ,逆に,特許の対象とすることによりその発達を促進すべき
⇒医療行為のみ「産業上の利用性」を否定するのは一貫しない        

しかし、医療機器、医薬品とは異なり、医療行為に特許性を認めると、医師は特許権侵害の責任追及を恐れながら医療行為に当たらなければならない。⇒著しく不当
⇒医療行為そのものに対しては特許性を認めていないと考える以外にない
     ⇒医療行為に関する発明は,「産業上利用することができる発明」に該当しない

内容(全文)

主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。          
 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が平成10年審判18303号事件について平成11年10月8日に
した審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経過
 シュレンドルフ ゲオルクは,1987年5月27日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して,昭和63年5月21日,発明の名称を「外科手術を再生可能に光学的に表示するための方法及び装置」とする発明について国際出願による特許出願をしたが,平成10年8月5日に拒絶査定を受けたので,同年11月24日,これに対する不服の審判の請求をし,特許庁は,これを平成10年審判第18303号事件として審理した。シュレンドルフ ゲオルクは,審判係属中の平成11年3月9日,原告に対して,上記発明についての特許を受ける権利を譲渡し,原告は,平成11年5月25日,特許出願人変更届をした。特許庁は,上記事件を審理した結果,平成11年10月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年10月25日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(請求項1)
 本願出願に係る特許請求の範囲は,請求項1ないし18から成り立つ。その
うちの請求項1は,次のとおりである。
「外科器具(31)を用いて行われる手術を再現可能に光学的に表示するための方法であって, 外科手術を行う人体一部分の断層写真情報をデータ処理装置(21)のデータメモリに記憶させ, 断層写真情報から手術個所の位置データを特定し, 外科器具(31)を三次元的に自在に可動な担持体(16)に取り付け, 外科器具(31)の位置データを座標測定位置(1;50)を用いて決定してデータ処理装置(21)に送り,外科器具(31)の位置データを手術個所の位置データに関連付け, この関連付けに基づいて外科器具(31)を手術個所に対して指向させるようにした前記方法において,
a) 外部から接近しやすい少なくとも3つの測定点(42)を参照点として人体一部分に特定または配置すること,
b) 人体一部分から,測定点(42)を含む断層写真(41)を作成して,データメモリにファイルすること,
c) 座標測定装置(1;50)を用いて測定点(42)の空間的位置を検出し,その測定データをデータメモリにファイルすること,
d) データ処理装置(21)が,断層写真(41)に含まれる測定点(42)の画像データと座標測定装置(1;50)によって検出した測定点(42)のデータとの関係を求めること,
e) 座標測定装置(1;50)を用いて,三次元的に自在に可動な外科器具(31)の空間的位置を連続的に検出し,その位置データをデータ処理装置(21)に送ること,
f) データ処理装置(21)が,断層写真(41)の画像情報に外科器具(31)に位置データを重畳させること,
g) データ処理装置(21)が,断層写真(41)の画像内容と人体一部分内部での外科器具(31)のその都度の位置とを重畳させた重ね合わせ画像(43)を生じさせること,
h) 出力装置(22)上に,人体一部分内部での外科器具(31)のその都度の位置を,外科器具(31)が存在している領域の断層写真(41)とともに重ねあわせ画像(43)として表示させること,
i) 外科器具(31)がその変位により表示されている断層写真(41)を離れたときに,データ処理装置(21)により出力装置上に,それまで表示されていた断層写真の代わりに外科器具(31)が変位したところの断層写真を生じさせること,を特徴とする方法。」(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)
3 審決の理由
 審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,「人間を診断する方法」に該当する,と認定し,この認定を前提に,人間を診断する方法は,通常,医師又は医師の指示を受けた者が人間を診断する方法であって,いわゆる「医療行為」であるから,特許法29条1項柱書にいう「産業」に該当せず,したがって,本願発明は,「産業上利用することができる発明」に当たらない,としたものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決は,「人間を診断する方法」(医療行為)は特許法29条1項はしら書にいう「産業」に該当しないと誤って解釈し(取消事由1),また,仮にその点はおくとしても,本願発明は「人間を診断する方法」に該当するものではないのに,これに該当すると誤認した(取消事由2)。審決の犯したこれらの誤りは,それぞれその結論に影響するものであるから,審決は,違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(「人間を診断する方法」(医療行為)は「産業」に該当しない, との誤った解釈)
(1) 「産業」とは,一般に「自然物に人力を加えて,その使用価値を創造し,また,これを増大するため,その形態を変更し,もしくはこれを移転する経済的行為であって,農業,牧畜業,林業,水産業,鉱業,工業,商業及び貿易・運輸業・交通業など」である。しかし、被告自身,近年,特許法にいう「産業」を広義に解釈し,金融業や保険業のようなものまで「産業」として取り扱っているのが現状である。このような状況の下で,医療行為のみが医療行為であることだけを理由として一律に「産業」から除外されるとすることは,解釈上,不自然というほかない。 本願発明は,これを手術現場に応用する場合,従来のように外科手術中にレントゲン透視を行う場合に比べて,放射線を患者や執刀医に浴びせることもなく,病巣に対して手術器具がどの位置にあるかといったことに関する連続的で確実な情報をもたらすことができるという,優れた方法を提供するものである。そうである以上,本願発明は,「産業の発達に寄与すること」(特許法1条)という特許法の目的にかなうものであることが明らかであり,当然,「産業上利用することができる」発明とされるべきである。 
(2)  被告は,人体の存在を必須の構成要件とするものが「産業上利用することができる発明」に当たらないことは,従来から,判決においても支持されていると主張する。
 しかしながら,時代の変遷にともなって考え方も変わり得るものであることは,特に例を挙げるまでもなく明らかなことである。「産業上利用することができる発明」とは何か,「医療現場でも実施可能な発明」が「産業上利用することができる発明」であるか否かといったことも,現時点における問題として判断されるべきである。
2 取消事由2(本願発明が「人間を診断する方法」(医療行為)に該当するとの誤認)
 審決は,本願発明は,「身体の構造・状態を計測するなどして人間の健康状態を認識し、又はその病状を把握する方法であるから、実質的に「人間を診断する方法」に該当する。」(審決書15頁13行〜16行)と認定し,これを前提に,本願発明はいわゆる「医療行為」であるとするが,この認定は誤っている。
(1) 「医療行為」の一種である「人間を診断する方法」における「診断」とは,身体の各器官の構造・機能を計測するなどして各種の資料を収集し,これに基づいて,その健康状態の認識又はその病状の把握のために総合判断を下すことをいうものである。
ところが,本願発明は,外科器具を用いて行われる手術を再現可能に光学的に表示するための方法であるため,「外科器具を用いて行われる手術」を必須の前提としており,また人体の存在を必須としているものの,その特許請求の範囲に「外科器具(31)を用いて行なわれる手術を再現可能に光学的に表示するための方法であって,外科手術を行う人体一部分の断層写真情報をデータ処理装置(21)のデータメモリに記憶させ,断層写真情報から手術個所の位置データを特定し,外科器具(31)を三次元的に自在に可動な担持体(16)に取り付け・・・」などと記載されているとおり,「外科器具を用いて行なわれる手術を再現可能に光学的に表示するための方法」であって,人間の健康状態を認識し又はその病状を把握する方法ではない。
 本願発明は,手術現場で実施すれば,身体の構造・状態を計測するなどして手術を支援する方法となって,医療行為に類似するものといえないこともないものの,手術現場でしか実施されない,というものではなく,したがって,医療行為としての性質を有するものではない。例えば,後日,本願発明を利用して手術を光学的に表示すれば,医学生,実習生等のトレーニング用教材又は教師の講義用教材として活用することができ,しかも,必要に応じて繰り返すこともでき,しかも,適性試験等の判定にも応用できるのである。
 本願発明のような,外科器具を用いて行なわれる手術を再現可能に光学的に表示するための方法は,医術を用いて病を治す「医療行為」とは,行為そのものが相違しているというべきである。
(2) 被告は,本願発明は,医療行為を必須の構成要素としているから,「人間を診断する方法」に該当し,ひいては,「医療行為」に該当する,と主張する。 
    
しかしながら,被告の主張は,人体の存在を必須の構成要件とするものはすべて「産業上利用することができる発明」に当たらないと取り扱うことにより,医師(又は,医師の指示を受けた者)が病気の発見,健康状態の認識等の医療目的で,人間の身体の各器官の構造・機能を計測するなどして各種の資料を収集して,その収集に基づいて病状等について判断する方法だけでなく,各種資料を収集するだけで,何ら「病状等について判断」することに当たらないものまで「人間を診断する方法」に含ませているものであり,これでは,余りに広い範囲において一律に特許の成立を否定することになる。「医療業」やその周辺産業の分野における発明の保護を不当に制限することになるものであり,許されないことは明らかというべきである。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定判断は,正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(「人間を診断する方法」は「産業」に該当しない,との誤った解釈)について
 人体の存在を必須の構成要件とするものが「産業上利用することができる発明」に当たらないとすることは,従来から,判決においても支持されているところである(東京高等裁判所昭和45年12月22日判決・判例タイムズ260号334頁参照)。
 原告は,「産業」は広義に解釈すべきで,「医療業」も「産業」として取り扱われるべきであるという。「産業」は広義に解釈すべきであるという点は,被告も認めるところである。被告も,従来から,この「産業」には,製造業以外の鉱業,農業,漁業,運輸業,通信業なども含めてきている。医療機器や医薬に係る産業もこれに含まれることは明らかである。
 しかしながら,上記判決が判示するように,「人体の存在を必須の構成要件とするもの」である医療行為は,産業の一種でないと解すべきであり,審査基準においても,人間を手術,治療又は診断する方法(医療行為)は「産業上利用することができる発明」に該当しないとして扱ってきているのである。
2 取消事由2(本願発明が「人間を診断する方法」(医療行為)に該当するとの誤認)について
(1)  本願発明は,人体の一部分について断層写真を作成し,また,外科器具を手術箇所に指向させることを発明の構成とするものであるから,「病気の発見,健康状態の認識等の医療目的で,人間の内部若しくは外部の状態,又は,人間の各器官の形状若しくは大きさを計測する方法」に当たるものである。
 本願発明は,一面において,「手術を再現可能に光学的に表示するための方法」であるとしても,「・・・外科手術を行う人体一部分の断層写真情報をデータ処理装置(21)のデータメモリに記憶させ,断層写真情報から手術箇所の位置データを特定し,外科器具(31)を三次元的に自在に可動な担持体(16)に取り付け,外科器具(31)の位置データを座標測定装置(1;50)を用いて決定してデータ処理装置(21)に送り,外科器具(31)の位置データを手術箇所の位置データに関連付け,この関連付けに基づいて外科器具(31)を手術個所に対して指向させるようにした」ものであって,あくまでも医療行為を必須の構成要素としているものであるから,「産業上利用することができる発明」であるか否かを判断する観点からすれば,「産業」から除外されている「医療行為」に該当するのである。
(2)  原告は,人の健康状態の認識又はその病状の把握のために総合判断を下すことが「診断」である,と主張しているが,誤っている。
 特許庁における「産業上利用することができる発明」の審査の運用指針によれば,「産業上利用することができる発明」であるか否かを判断する際における「人間を診断する方法」とは,通常,以下のことをいうのである。
「B人間を診断する方法
 人間を診断する方法とは,医師(又は,医師の指示を受けた者)が病気の発見,健康状態の認識等の医療目的で,人聞の身体の各器官の構造・機能を計測するなどして各種の資料を収集する方法,及び該収集方法に基づき病状等について判断する方法を意味する。
 人間を診断する方法には,以下のものが含まれる。
(@)病気の発見,健康状態の認識等の医療目的で,人間の内部若しくは外部の状態,又は,人間の各器官の形状若しくは大きさを計測する方法。
 例1:X線により人間の内部器官の状態を測定する方法。
 例2:皮膚のただれ度を測定する方法。
(A)人間の各器官の構造・機能の計測のための予備的処置方法。
 例:心電図をとるための電極の配置方法。
 ただし,病気の発見,健康状態の認識等の医療目的以外の目的で人間の各器官の構造・機能を計測する方法自体は,ここでいう,人間を診断する方法に当たらない。
 例1:美容(手術によるものを除く)のために人間の皮膚を測定する方法。
 例2:服の仕立てのために人間の体格を計測する方法。
 例3:指輪を作るために人間の指を計測する方法。
<留意事項>
 上記@〜Bにおける「人間を手術,治療又は診断する方法」を一部に含む方法であっても,下記の例のように,人間を手術,治療又は診断する部分に技術的特徴を有するものは,「人間を手術,治療又は診断する方法」として取り扱う。 例:血管拡張剤と血管収縮剤とを一定間隔で投与しながら心電図を取得し,これを解析する方法(説明)上記の例は,請求項の末尾は心電図の解析方法であるが,「血管拡張剤と血管収縮剤とを一定間隔で投与しながら心電図を取得」するという,心電図の取得方法,すなわち人間を診断する部分に技術的特徴を有するものである。したがって,上記方法は「人間を診断する方法」として取り扱う。」 このように,人間を診断する方法の中に,「X線により人間の内部器官の状態を測定する方法」,「皮膚のただれ度を測定する方法」のような,病気の発見,健康状態の認識等の医療目的で,人間の内部若しくは外部の状態,又は,人間の各器官の形状若しくは大きさを計測する方法を含めているのである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(「人間を診断する方法」(医療行為)は「産業」に該当しない,との誤った解釈)について
(1) 特許法は,1条において,「この法律は,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し,29条1項はしら書において,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定している。
 ここにいう「産業」とは,一般的な用語方法に従えば,「生産を営む仕事、すなわち自然物に人力を加えて、その使用価値を創造し、また、これを増大するため、その形態を変更し、もしくはこれを移転する経済的行為。農業・牧畜業・林業・水産業・鉱業・工業・商業および貿易など。」(広辞苑第四版)といった意味を有するものである。しかし,上記のとおり,特許法において,その目的が,発明を奨励することによって産業の発達に寄与することとされていることからすれば,一般的にいえば,「産業」の意味を狭く解しなければならない理由は本来的にはない,というべきであり,この点については,被告も認めているところである。
 我が国の特許制度は,長く,医薬やその調合法を,飲食物等とともに,明文をもって不特許事由とすることにより,医療行為という,人の生存あるいは尊厳に深くかかわる技術,及び,これと密接に関連する技術を特許法の保護の対象から外す思想を表現したものとみることの可能な状態を続けてきていたものの,昭和50年法律第46号による改正により,医薬やその調合法を,飲食物等とともに,不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした(同改正前後の特許法32条参照)。
このような状況の下で,医薬や医療機器に係る技術については,これらが,「産業上利用することのできる発明」に該当するものであることは,当然のこととされてきている。
  従来,医療行為の特許性を否定する根拠の主たるものとして挙げられてきた,医療行為は,人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであるから,特許法による保護の対象にすることなく,人類のために広く開放すべきであるとの議論は,必ずしも,十分な説得力を有するものではない。医療行為が人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものであることは明らかであるものの,人の生存あるいは尊厳に深くかかわるものは,医療行為に限られるわけではなく,特許性の認められてきているものの中にも多数存在する,人の生存あるいは尊厳に深くかかわり,人類のために広く開放すべきであるとされるほど重要な技術であるからこそ,逆に,特許の対象とすることによりその発達を促進すべきであり,それこそが最終的にはより大きく人類の福祉に貢献すると考えた方が,特許という制度を設けた趣旨によく合致するのではないか,少なくとも,医薬や医療機器に特許性を認めておきながら,医療行為のみにこれを否定するのは一貫しない,と考えることには,十分合理性があるというべきである。        
現在における医療行為,特に先端医療は,医薬や医療機器に大きく頼っており,医療行為の選択は,たといそれ自体を不特許事由としたところで,医薬や医療機器に対する特許を通じて,事実上,特許によって支配されている,という側面があることは,否定し難いところである。このような状況の下で,医療行為のみを不特許事由としておくことにどれだけの意味があるのか,医療行為自体には特許を認めないでおいて医薬や医療機器にのみ特許を認めることになれば,医薬や医療機器への依存の度合いの強い医療行為を促進するだけではないのか,との疑問には,正当な要素があるというべきである。
これらのことを併せ考えると,医薬や医療機器に係る技術について特許性を認めるという選択をした以上,医薬や医療機器に係る技術のみならず,医療行為自体に係る技術についても「産業上利用することのできる発明」に該当するものとして特許性を認めるべきであり,法解釈上,これを除外すべき理由を見いだすことはできない,とする立場には,傾聴に値するものがあるということができる。
(2) しかしながら,医薬や医療機器と医療行為そのものとの間には,特許性の有無を検討する上で,見過ごすことのできない重大な相違があるというべきである。
 医薬や医療機器の場合,たといそれが特許の対象となったとしても,それだけでは,現に医療行為に当たろうとする医師にとって,そのとき現在自らの有するあらゆる能力・手段(医薬,医療機器はその中心である。)を駆使して医療行為に当たることを妨げるものはなく,医師は,何らの制約なく,自らの力を発揮することが可能である。医師が本来なら使用したいと考える医薬や医療機器が,特許の対象となっているため使用できない,という事態が生じることはあり得るとしても,それは,医師にとって,それらを入手することができないという形でしか現れないことであるから,医師が,現に医療行為に当たろうとする時点において,そのとき現在自らの有する能力・手段を最大限に発揮することを妨げることにはならない。医師は,これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか,などということは,全く心配することなく,医療行為に当たることができるのである。
医療行為の場合,上記とは状況が異なる。医療行為そのものにも特許性が認められるという制度の下では,現に医療行為に当たる医師にとって,少なくとも観念的には,自らの行おうとしている医療行為が特許の対象とされている可能性が常に存在するということになる。しかも,一般に,ある行為が特許権行使の対象となるものであるか否かは,必ずしも直ちに一義的に明確になるとは限らず,結果的には特許権侵害ではないとされる行為に対しても,差止請求などの形で権利主張がなされることも決して少なくないことは,当裁判所に顕著である。医師は,常に,これから自分が行おうとしていることが特許の対象になっているのではないか,それを行うことにより特許権侵害の責任を追及されることになるのではないか,どのような責任を追及されることになるのか,などといったことを恐れながら,医療行為に当たらなければならないことになりかねない。医療行為そのものを特許の対象にする制度の下では,それを防ぐための対策が講じられた上でのことでない限り,医師は,このような状況で医療行為に当たらなければならないことになるのである。
医療行為に当たる医師をこのような状況に追い込む制度は,医療行為というものの事柄の性質上,著しく不当であるというべきであり,我が国の特許制度は,このような結果を是認するものではないと考えるのが,合理的な解釈であるというべきである。そして,もしそうだとすると,特許法が,このような結果を防ぐための措置を講じていれば格別,そうでない限り,特許法は,医療行為そのものに対しては特許性を認めていないと考える以外にないというべきである。ところが,特許法は,医薬やその調合法を,飲食物等とともに,不特許事由から外すことにより、これらを特許の保護の対象に加えることを明確にした際にも,医薬の調合に関する発明に係る特許については,「医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬」にはその効力が及ばないこととする規定(特許法69条3項)を設ける,という措置を講じたものの,医療行為そのものに係る特許については,このような措置を何ら講じていないのである。
特許法は,前述のとおり,1条において,「この法律は,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と規定し,29条1項柱書きにおいて,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定しているものの,そこでいう「産業」に何が含まれるかについては,何らの定義も与えていない。また,医療行為一般を不特許事由とする具体的な規定も設けていない。そうである以上,たとい,上記のとおり,一般的にいえば,「産業」の意味を狭く解さなければならない理由は本来的にはない,というべきであるとしても,特許法は,上記の理由で特許性の認められない医療行為に関する発明は,「産業上利用することができる発明」とはしないものとしている,と解する以外にないというべきである。
 医療行為そのものについても特許性が認められるべきである,とする原告の主張は,立法論としては,傾聴すべきものを有しているものの,上記のとおり,特許性を認めるための前提として必要な措置を講じていない現行特許法の解釈としては,採用することができない。
2 取消事由2(本願発明が「人間を診断する方法」(医療行為)に該当する
との誤認)について
本願発明を特定する特許請求の範囲の記載は前出(第2の2)のとおりである。これによれば,本願発明が,上記の理由によって特許性を否定されるべき医療行為に該当することは,明らかというべきである。
 原告は,本願発明は,手術現場で実施されれば,身体の構造・状態を計測するなどして手術を支援する方法となって,医療行為に類似するものといえないこともないとして,本願発明が手術現場で実施される限り医療行為となるものであることを事実上認めながら,本願発明は,手術現場でしか実施されない,というものではなく,例えば,後日,本願発明を利用して手術を光学的に表示すれば,医学生,実習生等のトレーニング用教材又は教師の講義用教材として活用することができ,しかも,必要に応じて繰り返すこともでき,適性試験等の判定にも応用できるのである,と主張するが,失当である。
第一に,本願発明の利用方法として原告主張のようなものがあるとしても,それは,本願発明を構成する各工程が手術中(手術中という用語を狭義に用いる場合には,手術に先立つ段階を含む。)に行われたものを,何らかの手段により記録しておいて,これを手術後に再現して利用するだけのことにすぎない。このような利用方法があるからといって,そのことによって,本願発明が医療行為に当たることを否定することができるものではないことは,当然である。
 第二に,このことはおいて,仮に,本願発明が,原告主張のとおり,手術現場でしか実施されない,というものではないとしても,手術現場でしか実施されない,というものではないということは,逆に言えば,少なくとも,手術現場で実施されることもあるということになるのであり,そうである以上,本願発明の特許性を検討するに当たっては,同発明は医療行為に当たるとした上で,結論を導き出さなければならないのは,いうまでもないことである。
 以上のとおりであるから,本願発明は,これを「人間を診断する方法」と呼ぶことが相当か否かを問うまでもなく,特許性の認められない医療行為に当たることが明らかであるということができ,原告の取消事由2の主張は,理由がないことに帰する。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれ理由がなく,その他,審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官山   下   和   明
裁判官阿   部   正   幸
裁判官宍戸充は転補につき署名捺印することができない。
裁判長裁判官 山   下   和   明


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